新井薬師の動物病院にて。
──「飽きる」ではTwitterで人を集めて録音されたりもしていましたね。それもこれで?
いとう これで録って。「飽きる」は急に康嗣が「ライブしてそれを録っちゃえば、それもフィールドレコーディングなんじゃないか」って言い出したんで、それで「それいい!」って。たまたまTwitterを全員やって盛り上がっていたから、もうTwitterで集めりゃいいじゃん、みたいな。それでTwitterで声かけて勝手に来てもらった。レコーダーを3人とも違う場所に置いておいて、終わったらすぐ康嗣んちにそのまま帰って、お互いのやつを全トラック聴いて、音的に一番これがいいねっていうのが選ばれた。それをさっくり使っただけでしょ?
三浦 そうですね。まんま。
いとう だから、これが楽器だよね。すごく大事な楽器で、これで記録した現実音を聞いて初めて、康嗣がそれに対するリアクションとしてメロディや世界を作っていくわけ。だから世界に対する劇伴ですよ。世界に対して伴奏するわけ。
ミヤ やってみたいとは思うけど、やっぱり英語を喋れないと歌詞として成立しないと思うんですよ。
逹瑯 自分が喋れたらこう訳すだろうなというのはあるけど、英語に訳してもらっても、ニュアンスがもとの日本語と合っているかどうかわからないですからね。
ミヤ だから、今のところ英語詞の曲を書く気はないです。
秋田犬はたまにこういう迫力のある顔をします
上手な短文同士を比較したり、ページを並べたりすることができるのなら、私も欲しいです。
だから、小さな液晶画面でトルストイの『戦争と平和』を読んで、目をダメにする変な人たちのことは、もう忘れましょう。そのかわりに文章をダウンロードしたり、アーカイブしたり、注釈のタグを付けたり、共有したり、リンクが切れてウェブのどこかに消滅してしまった短い文章のプレイリストを作って、カテゴリー分けをしたりできるような、本当の読書用iPodをいまこそ実現させましょう。とても短い記事向けiTunesのビジネスモデルを開発し、デジタル短文作品のことを真面目に考えていきましょう。


